日本に唯一といっても過言ではない”ラグビーマガジン”の2012年七月号のかの有名なコラム、”DAI HEART(文/藤島大)に本学ラグビー部が紹介されました。

この項目では、その文章を一字一句書き連ねたいと思います。(使用許可申請済)

 

 

 マーキュリーを知っているか。

 かつて新潟大学ラグビー部の誇る刺客、ヒットマンであった。もちろん愛用のヘッドキャップの額のところに「刺」の字を記すのを忘れるはずもない。それにあこがれた後輩が自分もあやかろうと張り切るのだが「刺」の書き順で四画目、本来なら縦の線の前に、なぜか下の横棒を加えてしまったのはまた別のお話。

 本名、相場崇宏、フランカー、その異名はフレディ―・マーキュリーを起源とする。英国のバンド、かのクイーンの透明なのに重い液体のような歌声のボーカルである。つまり部史に彩りを添える男は軽音楽部サークルの部屋にいておかしくはなかった。フレディ―を骨まで愛していたのだ。未経験でラグビー部の門を叩き、ウインドブレーカーをこしらえると、満を持して肩口に「マーキュリー」のネームを入れた。卒業後11年、いま警察組織でヒットを許さぬ側へ回った。

 愛称「タマ」をご存知か。

 仔猫のような響きにだまされてはならない。「弾丸」という字をあてる。鈴木雅俊。フランカーである。この若者に痛覚はなかった。本当にぶっ刺さり、しばしば自分も倒れた。教育学部を選んだのは先生になるためなのに「よくケガをしたので治すほうに回ろう」と理学療法士になった。学窓を去り6年、ここでもタックルと人生は絡み合っている。

 5月某日、震災で1年延期されていた新潟大学ラグビー部の60周年記念祝賀会が行われた。式典後、OBたちと市内の酒場へ繰り出したら、ずっと笑いっぱなしだった。愛すべき「馬鹿」の愛すべき逸話の数々、そこには周囲の貼り付け無用、自分の意志で楽ではない競技に打ち込んだ青春の崇高がまぶされていた。

 1951年の創部。医学生なども中心となった創世記の努力は実り、橋本修氏を教員(現在は退官)に迎えると、´84年度に全国地区対抗準優勝を遂げるなどしだいに力をつけ、もはや同大会の常連である。

 国立大学の一般入試を経て、学生による自主運営に自負を抱き、なおチャンピオンシップの旗をあくまでもめざす。昨春、秩父宮での東日本大学セブンスで早稲田大学を破った快挙は記憶に新しい。映像で確かめるとまさに堂々たる試合ぶり、劇的勝利に観客席から満々の喝采を浴びて、やっと腕を差し上げる白黒ジャージィの控えめな姿はまぶしかった。

 歴史とは時間の長大な流れではない。瞬間の切実な堆積である。

 新潟大学ラグビー部もそうだ。

 ´75年、いまや学生覇者の帝京大学を関東地区決勝で19-16と破っている。´82年、やがて時代を築く関東学院大学との同2区決勝には10-47で敗れた。相手は時代とともに変わっても常にそうした位置に気を吐き、必死に対抗してきた。強化していたころの順天堂大学とも角突き合わせ、そこを乗り越えると、近年は全国地区対抗での東海勢を標的にすえる。一定の選手獲得のかなう私立大学との勝負が簡単であるはずもない。それでもあきらめない。

 ひそかな名勝負がある。

 ´00年、正月2日、名古屋・瑞穂競技場。全国地区対抗1回戦で東海リーグ2位の名城大学と当たった。スピードやパワーには開きがあった。新大(しんだい)と呼ばれる新潟大学は「極度に前へ出るディフェンス」に活路を求めるも、開始早々、あっさり外側でトライを奪われる。

 医学部5年のSO斉藤直樹は、しかし、その瞬間に「我々は10のスペースを10では守れない。8のスペースを10で守るしかない。これでいいのだ」と思った。のちの市民病院のドクターにショックはなかった。

 埼玉県立不動岡高校出身のフッカー、井上哲考のまとめるスクラムが対抗できるようになると、どんどん向こうへ倒せるようになった。マーキュリー、トライ!ささやかな数の観客にも番狂わせの妖気が漂う。

 工学部大学院1年、斉藤光彦の述懐。「楽観していた名城大の選手の顔つきが真剣になり観客席が新大の応援団に変わっていく様子を覚えています」。現在はITエンジニアとして活躍の元CTBも、学内の体育館の窓を昼に開けっ放しにしておき夜侵入、闇の中のウエイトに励んだ。やっぱり「バ」の字がついた。

 大接戦。緊張は走る。キャプテンの小田裕史は、Pを得ると、興奮のあまり両手の指を合わせてゴールポストを示した。それはレフェリーの手振りなのだった。

 22-27。惜敗の鉄笛が響いた。

 深いところの悔しさと嬉しさ。心が本当に動いた時間。それがラグビーという生き物の血液なのだ。ビール会社、旅行代理店、樹木医、教員…。さまざまな職種の者が社会へ散り、楕円球の細胞となる。日本のラグビーを支える。新潟県西区五十嵐のグラウンドにひとつの土壌がある。